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平日の朝だというのに店の前には50人は並んでいた。
"CR海物語"に座るであろう品のない中高年のカップル。今日初めてお目見えする新台をいち早く打とうとやってきた、スロットにハマりたての若者3人組。そして昨日の閉店チェックで見つけたおいしい台へ猛ダッシュしようと目をギラつかせている華奢な男と小太りの男。
派遣先で同世代の女性に囲まれている私にとって、いろんな人種が集うこの空間に自分が紛れていることが妙に心地よく感じる。
ショッキングピンクの宇宙服みたいなユニフォームを着た店員から整理番号を受け取り、最後尾に並ぶ。
開店に並んだ時は決まって駅に隣接したパン屋で買ったばかりのパリジャンサンドをコソコソと頬張った。パリジャンサンドとはバケットにハムとレタスがはさまったサンドウィッチで、食べるたびに外側がボロボロと剥がれるのが難点だ。
パンくずをこぼしながらの立ち食いは気が引けるが、周りは競馬新聞やパチンコ屋から送られてきた高設定台情報のメールに夢中で見ていない。「誰も見てないからいいや」という諦めが私の中の<女>の部分を蝕んでいく。慣れとは本当に恐ろしい。
9時55分、店の中から店員がせかせかとエントランスに現れた。
「では整理番号1番から10番の方、入場してください」
さきほどの華奢な男と小太りの男が一斉に走り出した。ふたりの勝敗が気になったが、私の整理番号は68番なので見届けることはできない。
私が入場できたのは開店時間の10時をまわっており、店内はもうリールを回す機械音があちこちから聞こえていた。さきほどのふたりは沖スロコーナー(※1)にいて、華奢な男はすでにBIG(※2)を引いていた。角にすわった小太りの男は苛立ちながらレバーを力強く叩き、開店早々店員に注意を受けていた。
今日のイベントはゴロゴロ(5656)デーで、開店前に7が揃ってる台は設定5、6確定(※3)というものだった。
来る前から決めていた「押忍!番長」(※4)コーナーへ向かう。
あんなに人気機種だった番長も朝イチから打つ人は少なく、7人程度しか客はいなかった。番長には赤7と青7の絵柄があり、そのどちらが揃っている台かが今日の明暗を分ける。
残りふたつしか残っていなかった青7揃いの台を選んだ。
下皿に携帯を置いて台を確保し、自販機でミルクティを買う。
朝はガツガツせずにゆったりと。
それは柊一から教わったものだった。
***
柊一は両親の影響で子供の頃からパチンコ店に出入りし、中学生ですでにパチスロを始めた生粋のギャンブラーだった。
常にそこそこスロ収入があるためにバイトもあまり長続きしない。
ギャンブルなどやったこともなかった私は最初抵抗はしたものの、柊一の熱意に押されて初めてパチスロ店に足を踏み入れた。私に拒絶反応を与えないためにいい店を選んだようで、店内は想像していたよりもファンシーで清潔、女性客も少なくなかった。
1000円が50枚のコインとなるものの、18回転も回せばすぐなくなってしまう。札が紙切れになっていくように金銭感覚が麻痺していくことに戸惑っていた時、私はBIGボーナスを引き、しかもその終了後すぐATと呼ばれるチャンスタイムに入った。
ATは打っても打っても終わらない。途中で何度かボーナスを引いて終わるのかと思いきや、その後も延々と続き、メダルを入れた箱はあっという間に3箱になった。
「亜沙子スゲえ、普通こんなに続かないよ。」
柊一は興奮気味に言った。最終的に投資した3000円は74000円となり、“勝者の常識”だと言う焼肉を柊一におごった。
「でも亜沙子スゲエよ。パチスロ向いてるよ」
レモンサワーでほろ酔いになった柊一は何度もその言葉を連発した。
「単なるビギナーズラックだよ」
「いや、そんなことない。だって亜沙子目押しできてるもん。絶対向いているよ」
***
これといった特技もない私は自分の中にある<才能らしきもの>を指摘され、正直悪い気はしなかった。
その後二日連続で大勝ち、財布の中に普段はあまり縁のない模様の札が増えていった。何よりも打っている時の我を忘れる感覚がたまらなく快感だった。
パチスロに目覚めていく私を柊一はたいそう喜んで、毎日のようにふたりでパチスロ店をハシゴした。
それからというもの私はさまざまな機種を打ち、ボーナス確率や高設定ゾーンの数値も覚え、柊一と互角で語り合えるほどになった。
そして私たちには、愛を共有する恋人である時間より、情報を共有し合う同志でいる時間のほうが増していった。
いつしか私は長時間打ちやすい楽な服しか着なくなり、勝敗によって焼肉屋と牛丼屋を交互に入るだけだった。毎週のように通った代官山のセレクトショップも、東京でいちばんおいしいと思っていたトラットリアも、もはや何の価値もなかった。
私はリールばかり目で追っていた。隣で打っている柊一ではなく、チェリーの絵柄を揃えることばかり考えていた。
だから柊一が他の誰かに心変わりしつつあることなどまったく気づいていなかった。
***
肌寒い春の午後11時、私はファミレスに呼び出された。
隣の大学生の男女は発情期を迎えた猫のようにお互いを意識し、妙に高い声で盛り上がっていた。普段ならウザそうに舌打ちするはずなのに、柊一は伏目がちに黙っているだけだった。
その強張った表情から私にとって悪い知らせであることは明らかだった。
煎れてから時間が経ったと思われるコーヒーが運ばれてきた。柊一は店員が来ないことを二度ほど振り返って確認し、私よりも4つ若い彼女の存在と、その彼女に子供ができたことを告げた。
私の脳は思考を停止し、大学生の笑い声もまったく私の耳に聞こえてこなかった。
にもかかわらず、その後に私が発した声は自分でも驚くほど低く落ち着いていた。
「どうするの?」
「どうするって、他にないでしょ」
「他にないって?」
柊一はただうつむいて何も応えなかった。
「無職じゃマズいんじゃないの?」
「とりあえず彼女のお父さんの会社で雇ってくれるらしいから」
「そういうのキライなんじゃなかったっけ?」
「…あんまり責めないでよ」
ただ事実を述べたつもりだった私は反論しようと思ったが、誤解を招くのがイヤでやめた。
窓の外には絶頂期を過ぎた桜の木がただドテッと味気なく立っていた。
日本の象徴である桜だって花が散ってしまえばその辺に生えている名もない木と変わらない。私たちの関係も終わってしまえば何でもないのかもしれないと思った。
「エスパスさ、明日北斗イベントらしいよ」
小一時間ずっと下を向きっぱなしの柊一がウザくなって、私は話題を変えた。
「行かないの?」
「スロットはもう」
「やめるの?」
「さすがに、ねえ」
力なく上目遣いに柊一は私を見た。その甘えた眼差しを避けるように私は目をそむけた。
「お前行くの?」
「どっちでもいいなって思ってたけど、たぶん行くわ」
「頑張れよ」
「うん」
私たちは会計を済ませ、5年も付き合ったとは思えないほどあっさりと別れた。
背中越しに柊一がずっと見ているのは気づいていたが、私は振り返らなかった。
次の日、私は朝イチで生まれて初めて整理番号1番を手に入れて、「北斗の拳」の設定6確定台をゲット、空腹に耐えながら終日打ったものの、結果は7000円負けに終わった。
***
結局、私は一度も泣かなかった。涙を流すだけの感情すらも私は柊一からもらえなかった。
決して愛してなかったわけじゃない。でも私の心の中には悲しいくらいに何もなかった。
彼と過ごした日々が私に残したものは動体視力だけだったのかもしれない。
***
午後からホールは賑わいを見せて、他の台で負けた客が番長のフロアにやってきた。
広々と打っていた私の隣にはヘビースモーカーのオヤジが座り、吸っていたタバコを消しては次のタバコに火をつけた。喫煙に寛容な私もさすがに不愉快だった。
番長はボーナス終了後128G(=回転)目までがボーナスを引きやすくアツいのだが、私の台は無反応のままだった。487Gで弁当箱解除(※5)、赤7の初当たり。56Gでバケ(=REG)を引いたがその後音沙汰なし。128Gはあっさりスルーしてしまった。せっかく出したメダルはあっという間に全部飲まれ、再び追い金(=投資を追加)。回してはバケ単発ばかりで、気づけば投資金額が30000円を超えようとしていた。
一方、隣のオヤジは天国モード(※6)に突入、ボーナスが確定するたびに目押し(※7)を頼まれて、隣の台に身体を乗り出し、7を揃えた。自分の技能に対する優越感と屈辱が交じり合う瞬間だった。
「オネエちゃんも出るといいね」
喜びを隠せないオヤジの口からボロボロの歯が見えた。犬歯はなかった。/p>
「そうですね」
とびきりの微笑みで応えたつもりだが、たぶん私の顔は相当引きつっていたと思う。
今日のところは諦めて撤収したほうがいいかもしれない。と、早じまいを考え始めていた矢先に618Gで次回予告演出(※8)、卓球対決で見事チャッピーを倒して青7をひいた。
「やったね、オネエちゃん」
オヤジが私以上にはしゃいで喜んだ。
小2の体育の時間、私ひとりだけ跳び箱3段が何回やっても跳べなかった。授業も終わりに差し掛かった時、私はやっとの思いでマットに着地した。
その瞬間、仲のよかった美樹ちゃんが私に駆け寄ってきたと思ったら、体育館中に響く声で
「亜沙子ちゃん、飛べたじゃない!」
と言って私に抱きついた。体育の先生が手をたたき始め、クラス全員が私に拍手した。
跳べた嬉しさよりもみじめさが募る。なぜか急にそのことを思い出した。
***
それから私の台は爆発し始めた。私が不調だったことで何とか歯止めが利いていたオヤジは、私に話しかけることを躊躇しなかった。特別な演出が入るたびに、
「お、特訓入ったね」
「ドッジボール対決だよ、オネエちゃん」
「あ、パンダだ!パンダだ!」
と、息のタバコ臭さを感じるほどの至近距離で近づいてきた。
連チャンが終わるまでの辛抱だと自分に言い聞かせながら愛想笑いで乗り切った。
結果的にBIG6回、REG2回の計9連チャンの大逆転を果たし、何とかマイナスは免れた。普段ならこのまま打ち続けるのだがオヤジから離れたい気持ちが勝っていた。
メダルで山盛りになった箱を運んでもらおうと店員を呼ぼうとした時、ポケットに入れていた携帯が震えた。友人の由加里からだった。フロアの外に出て、由加里に電話をした。
「あのさ、今日の夜空いてない?」
「別に空いてるけど。何で?」
「合コンに欠員が出ちゃってさあ、亜沙子来てよ」
「合コンかあ」
「いいじゃない、弁護士だよ弁護士」
「弁護士とか興味ないもん」
「そんなこと言わないでさ。だってほら亜沙子もひとり長いじゃない。そろそろ新しいの見つけないと」
「うーん」
「欲しくないの、彼氏?」
「欲しくなくはないけど」
「じゃあいいじゃない、お願い」
由加里の押しの強さに負けてわかったよと応えそうになったその瞬間、フロアにふと目をやると例のオヤジが打つのをやめて、1箱弱に減った出玉を流していた。これで呪縛から解放されるのだ。
「やっぱいいや」
「えー、亜沙子ぉ」
「また今度ね」
電話を切って足早に席へ戻り、再びレバーを叩いた。3G目でチャンス目(※9)が来た。
たぶんこれは強制解除、またボーナスを引くだろう。
***
閉店まで打ったが収支はほとんど変化がなかった。13時間労働でプラマイゼロ。若干の虚しさに苛まれながら家に戻った。
最寄り駅のコンビニでパチスロ雑誌を立ち読みする。スロット機の規制改正によりパチスロは5号機という出玉の少ない台が主流となり、大量にメダルを獲得できる爆裂機はもうじき姿を消す。
氷河期の到来を機に足を洗うべきなのだろうかと考えていると、誰かに声をかけられた。
高校時代に少しだけ付き合ったことのある遠山だった。
「この辺に住んでるの?」
「うん」
「え、彼氏は?」
「今いないの」
「じゃ俺と一緒だ」
一瞬胸が高鳴ったが、彼のカゴに入っている男のモテ髪特集のヘアカタログと生クリームのたっぷりのったプリンを見て、すぐ平常心に戻った。
連絡先を交換、今度飲みに行く約束をして別れる。
私は再びパチスロ雑誌を手に取り、来月ホールに登場する新台情報を読んで、何も買わずにコンビニを出た。
遊歩道から青い初夏の香りがした。ひとりになって3度目の夏がやってくる。
■注釈■
(※1)沖スロ・・・
沖縄スロット。30π(パイ)と呼ばれる大きいメダルで遊戯する。
(※2)BIG・・・
BIGボーナス(大当たり)。基本的にリールに7の絵柄が一列に3つ揃うとBIGボーナス。ちなみにBARの絵柄が揃うのがREGボーナス(小当たり)。
(※3)設定・・・
スロット台は6段階の設定が存在し、設定1から順にあがるほどボーナス確率がUPしていく。つまり設定5、6のような高設定台ほど勝ちやすい。
(※4)押忍!番長・・・
大都技研から販売されたストック機能搭載の人気機種。7の絵柄は赤と青の二種類あり、青7はボーナス終了後の1ゲーム目で連チャンする(再びボーナスをひく)可能性大。
(※5)解除・・・
弁当箱の絵柄でボーナスのストックが解除されたことの意味。ストック機は遊戯中にボーナスを抽選しており、小役絵柄やゲーム数などが揃い、抽選に当たると、貯まっていたストックが解除され、ボーナスが放出される。
(※6)天国モード・・・
あるゲーム数までにボーナス確定、もしくはある条件を満たすとボーナス確定、というような、最もボーナスに近い状態のこと。
(※7)目押し・・・
狙った絵柄をリールにぴったり止めること。
(※8)次回予告演出・・・
「押忍!番長」はメインキャラ轟が敵(チャッピー他)と対決(卓球や紙相撲、ドッジボール対決などがある)、勝利するとボーナス確定となる。一度対決に負けても特訓をして再び対決することも。対決を告知する次回予告演出が流れたら激アツ。
(※9)チャンス目・・・
解除の可能性が高い絵柄配置のこと。それが揃うだけで強制的にストックが解除される配置の場合は、強制解除と呼ばれる。
| 作者プロフィール |
| 名前: |
黒川麻衣(くろかわまい) |
| 職業: |
劇作家/演出家 |
東京生まれ。明治大学文学部(演劇学専攻)卒業。
1992年 在学中よりプロデュース・ユニット「iOJO!(オッホ)」を結成、1995年より劇団化。全作品の作・演出を手がける。
その他の活動として長井秀和単独ライブ構成・演出、ENBUゼミナール専任講師、作詞家、振付家など様々なジャンルで幅広く活躍中。著作に戯曲『ナーバスな虫々』(演劇ぶっく社)。
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