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『なめらかプリン』誕生の秘密についてお聞かせください。 |
当初は、イタリアントマトの流れをひいてパステルがあったので、レストランタイプのお店がスタートだったんです。その当時は、ケーキとパスタドリンクのセットメニューというのがいちばんのメイン商品。ところが、イタリアントマトのケーキって大きくてケーキの単価が高い。「もう少し気軽な、セットメニューのためのデザートを」というのが営業からの依頼だったんです。
当時(1990年代前半)、ティラミスが大ブーム。次はクレームブリュレが流行るのでは?と言われていたのですが、私は、甘すぎる、コクがありすぎるというイメージを持っていましたね。
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しかし、「なめらかな食感は日本人に好まれるのでは?」とも考えました。なめらかさを生かした、クレームブリュレと日本のプリンとの中間のようなものができないか?と。
そんな中で誕生したのが、パステルの『なめらかプリン』だったんです。
その後、『なめらかプリン』を組み込んだセットを販売したら月間で3倍の売上に!そんな好評をいただいたおかげもあり、翌年の1994年、恵比寿店でテイクアウトを初めてスタート。序々に口コミと、買っていただいたお客様のリピートも増え、いろいろな雑誌に急激に取り上げられるようになったんです。
そんな時、テレビ「はなまるマーケット」の“おめざ”で井森美幸さんからなめらかプリンが紹介されたんです。以前にも酒井法子さんが「プリンケーキ」を召し上がられ、ニコッと笑いながら「幸せ!」って、おっしゃってくださり、その表情がお客さまに響いたようでしたね。
それから恵比寿店の電話が鳴りっぱなしの状態に……。売上は当初の16倍にのぼるほどでした。
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『なめらかプリン』大ヒット時はどんな様子だったのでしょう? |
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寝る間もなく、ひたすらプリンを作り続ける日々でした……(笑)。毎日同じプリンを焼くとかスポンジを焼くとか、同じものを作るって難しいんです。
最初の3店舗しかなかった頃、新商品が出ると僕が必ずショップに行ってスタッフ全員に商品説明をしていました。当時、「なめらか」っていう名前のもの(やわらか、クリーミィ)自体がなかったので、焼けていないとか、やわらかすぎるなどのクレームをいただきましたね。
お客さまには直接、「やわらかいのがうちのプリンの特徴なんです」っていう説明しながら販売していたことを思い出します。
『なめらかプリン』が流行した事で「なめらか」という言葉がありとあらゆるところで使われるようになったように思います。その意味でも、『なめらかプリン』の流行はかなり影響があったんじゃないでしょうか。だからね、「なめらか協会」なんてのがあったら、僕、表彰されたいよね(笑)。
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パティシェを目指されたきっかけは? |
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父親が実家でケーキ屋を営んでいたんです。小さい頃から後を継げと言われてパティシェになるのが当然のように育てられていました。大学を出てヨックモックに入って、転職後ヨーロッパ研修へも行ったりしていたけれど、そんななか、実家のケーキ屋が潰れてしまった。その時は、本当に自分はお菓子屋さんをやりたかったのかどうかと、自問自答しました。
27歳の時、勤めていたケーキ屋を辞めて北軽井沢のペンションに住み込みで働きました。掃除やベットメイク、料理をしたりね。ある日、オーナーに「所くんはケーキ屋にいたんだよね。クリスマスのケーキ作ってよ!」って言われて。でもローストビーフ焼くようなオーブンしかない。それでもスポンジケーキを焼いて、ケーキを作った。そうしたらオーナーに「所くんは、ケーキ作っている時の方が楽しそうだね」って言われたんです。僕はその一言で「もう一回、お菓子の世界に戻ろう!」と決意したんです。その後、現在の会社に入社。そこで『なめらかプリン』が誕生する訳です。恵比寿という場所柄もあって芸能界の方々に広まったという感じ。その辺りは、いろんな運命的なものが重なったと思います。いろいろなことが重なって、パティシェである今の自分があるんです。
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お菓子作りにこめる想いを聞かせてください。 |
長く愛されるものって、結構シンプルなものなんです。シンプルだけど、とにかくおいしいものを作るというのが僕の信条。でも、シンプルなものほど難しいんですよね。
それから、ひとりでも多くのお客様にめしあがっていただいて、おいしいって喜んでもらえるものを作りたいですね。めしあがっていただくお客さまの状況を想像して作る、そこまで責任を持つのも大事なことだと思うんです。
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お菓子作りには、僕自身が「人間性を高めたい」と思っているかどうかが。自分を高めたいからいろんな事にチャレンジする。これまで培ってきたものをさらにブラッシュアップしていくために、もっと勉強しなくてはいけないと思うし、喜んでいただける商品を開発しようという想いがなければ続けられません。やっぱり、ヒット商品が生まれたからといってそれに甘んじているようではおいしいものを作れないんです。
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海外にも食材を求めて旅をされているんですよね? |

5年位前に、ドミニカ共和国の農園でのカカオとの出会いが探求の始まりです。
「目の前にカカオを見たとき、震えが来たんです。こんなものからチョコレートができるの?」って思いましたよ(笑)。それを割って白い実が出てきたときには、むさぼるように食べましたね。カカオってフルーツみたいでおいしいんですよ。
そもそも「安全な商品を安心してめしあがって頂きたい。食材に責任を持ちたい。より生産者に近いところで自分の五感を持って確認したい」。そんな思いに駆られるようになって、バニラの原産地、マダガスカルへ食材探求の旅をすることになったんです。現地を訪れ、食材や生産者と直接触れ合って初めてわかることがあると痛感しました。
食材が加工されて手元に届くまでの間、どんな人たちが、どんな場所で、どんな想いで作っているか、というという事実を知っていたほうが、食材に対して愛着も湧くんです。すると作ったものに対しても愛着が湧き、さらにお菓子作りが好きになる。
食材選びというのは非常に重要なんです。シンプルなお菓子ほど、食材の味、食材の良し悪しがストレートに出てしまう。だから本当に安心で品質の良いものの中から、自分の納得のいくものを探して使う。それをいちばん良い状態で加工して、できるだけシンプルに仕上げていくように心がけていますね。非常に多くの食材と出会いますが、その食材の本質を見抜けるように、これからも勉強していきたいと思っています。
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「家庭で作れるなめらかプリン教室」について教えてください。 |
親子でのものづくりを支援しようという気持ちから、食育の話を織り交ぜた「家庭で作れるなめらかプリン教室」というイベントを開催しています。
僕が考える食育は、ひとつは一緒に作る喜びを感じてもらうこと。プリンを親子で一緒に作るんですが、一緒に作ったものを一緒に食べる喜びを感じてもらいたいと思っているんです。もうひとつは、我々のできる範囲で食についての正しい情報を提供すること。
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僕らがデザートを開発している中で「自分が人に言えないことはやらない、人に言えないようなものは使わない」というスタンスに立っていますので、本当のことをお伝えする場として、食育をとらえています。作る喜び、一緒に食べる喜び、そして食の正しい情報。これを正直に伝えるっていうのは、実はとても勇気がいることなんですが、これからもお菓子作りを通して、人間形成をしていけるよう、皆さんのお手伝いをしていきたいと思っています。
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